親不知

最近、北陸道を通る機会が増え親不知・子不知は必然的に通る事になる。
このあたりには26個のトンネルが連なり、運転も辛い場所です。

この地名の由来ですが、一説では、断崖と波が険しいため、親は子を、子は親を省みることができない程に険しい道であることから、とされている。また、以下のような伝承もある。
壇ノ浦の戦い後に助命された平頼盛は越後国蒲原郡五百刈村(現在の新潟県長岡市)で落人として暮らしていた。このことを聞きつけた奥方は、京都から越後国を目指して、この難所に差し掛かった。しかし、難所を越える際に、連れていた子供が波にさらわれてしまった。その時、次の歌を詠んだ。 親知らず、子はこの浦の波枕、越路の磯の泡と消え行く以後、その子供がさらわれた浦を「親不知」と呼ぶようになった。

加賀の殿様も参勤交代でここを通るわけですが、当時は砂浜を通ったようです。
現地で波よけ人足200名を準備し、浪打際に一列に並ばせます。 引き波の時に一気に籠を通過させるのですね。

先日、初めて一般道に降りてみました。道の駅からの眺めです。
空には、どんよりとのしかかる黒い雪雲が先行きを不安にしてくれます。

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山形から、豪雪地帯の小国を超えて往復したのですが、行は吹雪の為に目の前はホワイトアウトでしたが、帰りはまずまずでした、カミさんがスマホで撮った道路状況です。

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